勇者はくじけない
※バンワドちゃんはきっと頑張ってます
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―――――勇気は君の見えない心の中に
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ぼくは弱い。
とてもとても弱くて、そう。とにかく弱かった。もちろん今もそう。変わらずに弱い。
ぼくの体はただでさえ小さくて、体力も知力もそんなにない。統率力なんてあるわけない。
いわゆる、使えないやつ。
ぼくはずっと思っていた。
絵本や冒険譚を読むたびに、思っていたんだ。
ぼくは物語に登場するような強くて立派でカッコいい勇者にはなれないんだって、本当に幼いころから当たり前のように受け入れていた。それは男子としてすごく情けの無いことかもしれないけど。
だって、ぼくにはお姫様や仲間を守ったりすることも、悪いドラゴンを倒して世界を救うことも絶対に出来っこないから。
昔も今も相変わらず、そう。
だからぼくは、勇者を少しでも支えてあげられるような存在になりたいと思ったんだ。
例えば、兵士とか。
勇者を陰からサポートできる人になれるだけ、名誉なことなんじゃないかと。
そうしてぼくは、とあるお城の見習い兵士として働くことになった。
ちっぽけで惨めな夢かもしれないけど兵士と言う職務を頂けただけ、ぼくは幸せで、嬉しかった。
勇者にはなれないけれど、勇者を支える存在にはなれるんだと、本気で思った。
しかし現実は残酷で、やっぱりぼくは何にも出来なくて周りの皆のお荷物になってしまっていた。
悔しくて悲しかったけれど、それは仕方がないことなんだって割り切って諦めている自分がそこにいた。
自分には何の才能も無いし、実力も特技も無い。
頑張って全部無駄。意味なんかないんだ。ぼくが活躍できる場所なんてこの世界にはないんだから。
小さいころから知っていた。知った振りをしていた。そうやって、逃げ続けていた。
現実から、自分から、現状から、自身から。
逃避し続けて、迷走を繰り返していた。
そんな馬鹿なぼくだけれども、大王様は見捨てたりなんかしなかった。
ぼくが働く城で一番偉い大王様。偉大なる我らが大王様。
ぼくが槍の訓練で大失敗をして周りに多大な迷惑をかけてしまったあの時、途方に暮れるぼくの頭を優しく撫でてくれた大王様。
ここにいちゃいけないんじゃないかという自責の念にかられていたぼくに励ましの言葉をくれた。
「失敗は成功のもとって言うんだぜ。お前知ってるか?このくらいでめげずに、また頑張ればいいじゃねえか。お前はまた立ち上がれる。俺様が保証するぜ」
その言葉で、どれほどぼくが救われたことか。
嫌なことがぐるぐると心の中で渦を巻いてぼくを支配していた中で、大王様の声が雁字搦めのぼくを解放して救ってくれた。
ぼくはへこたれてばかりいた。
諦めてばかりで
逃げてばかり
そして、泣いてばかり。
でも、その時初めて思ったんだ。
今まで一度も思わなかったこと。ぼくの中の世界を一変するような感情を覚えた。
ぼくは願う。
そして目指したいと思う。
ぼくは大王様を守る―――――勇者になりたいって。
◆
だから、ぼくは大王様を庇って崖から落ちたんだ。
ちょっとした用事で大王様と一緒に山を登っていた最中、足場が崩れて大王様が落下しそうになった時、反射的にその手を掴んで引っ張ったんだ。
ぼくのほうが体重が軽いから、大王様と位置が逆転してぼくが落ちていく。
高い高い場所だったから、そのぶん落ちて地面にぶつかったらとても痛くて、大変なことになるんだろうなとは思ったけど、構わないって思えたんだ。
だってぼくが落ちることで大王様が守れるんだから。落ちていく大王様を助けるにはこれしかないんだって、本気で思った。確信さえしていた。これが一番適切で正しいやり方で、行動なんだって。
一瞬の浮遊感、数秒の重力感。随分長い間落ちていたような気がします。
気がつけばぼくは倒れていました。やけに空が遠くに感じました。ぼくの視界には大王様が映っていました。ひどく焦っている様子で、ぼくを覗き込んでいます。
とても心配そうに、ぼくを。
……体が動かない。
まるで縫いつけられてしまっているみたい。
「ワドルディ!おい!しっかりしろ!」
大王様。ぼくは、大丈夫ですよ。
だって、全然痛くないですから。
今に体だって動くように―――――。
「今医者を―――――」
あれ?大王様の声が聞こえない。大王様の口は確かに動いてるのに。
寒くも無いし熱くも無い。何も感じない。痛みも体温も何も。
「――――――――――、―――――!」
大王様、なんでそんな泣きそうな顔をしているんですか。
大王様のそんな顔を見るのは初めてです。
ぼくなんかの為に、泣かないでください。
なんだかすっごく眠たい……。
今なら良い夢が見れそうだな。
このまま死んじゃってもぼくの死は無駄にならないから、ちっとも寂しくなんてありません。
ぼく、お役にたてましたか?
それだけがちょっぴり、心配です。
◆
夢一つ見ませんでした。
わかりません、何か見ていたような気もしますし、そうじゃないような気もします。
ただ悪い感じは無かったので、あくまで平常通りに目を覚ますことができました。
目を開ければ、あまり見慣れない天井が視界に飛び込んできました。ここは確か、お城の医務室?
気がつけば、ぼくはベットの上に居ました。
「あ、れ?」
体中に包帯を巻かれているぼく。
いったい何が、どうなっているんでしょうか。
「あ!気がついた!?」
ぼくのベッドの脇で座っていた同僚のワドルディが、嬉しそうに顔を上げました。
「えっと……ぼく、どうなったんですか……?」
「覚えてないの?大王様を庇って崖から落ちたんだよ!よかった……いつ死んでもおかしくなかったんだからね!」
ようやく全部思い出しました。
そうだ、ぼくは落ちたんだ。大王様を庇って。
「どこかおかしいところはない?特に頭を強く打ったみたいだから」
「今のところは特にないですよ。それよりも大王様は?」
「今他のワドルディが呼んできてるよ」
相変わらず早いなぁ。
よかった。あまり実感はないけど頭を打って記憶喪失ってことはないみたい。
「ワドルディ!大丈夫か!?」
数分も経たずに大王様がばたばたと忙しない足音を響かせて、ぼくの元までやってきてくれました。
とてもありがたかったんですけど、ぼくのためにわざわざ来てくれたのが申し訳なくもありました。
見た様子では大王様には怪我一つ無いようで、安心しました。
「大丈夫です。痛くないですから」
それは薬がきいてるからだよ、と同僚に指摘されてしまいましたが本当にぼく、今すごいぴんぴんしてますよ。今からでも仕事ができるくらいに。
「大王様を守れて、よかったです」
安堵のあまり、思わず本音が出てしまいました。
これは間違いなく本心です。でたらめでも何でもありません。
だけど大王様は少々気にくわなそうに、眉をひそめています。
「だがワドルディ。あんなふうに身を挺してまで俺を守ろうとしなくてもよかったんだぞ。俺は多少なら空を飛べるし」
「でも、もしものことがあったらどうするんですか」
「それは俺の台詞だ。お前にもしものことがあったらどうする。今回は大事に至らなくて済んだが、最悪お前はあの時死んでたんだぞ」
「だけど、大王様が怪我をしてしまうくらいなら、ぼくが代わりになります」
大王様の命とぼくの命。
天秤にかけたらどちらに傾くか、そんなのぼくが一番わかってます。
「ぼく、大王様の為なら死んでもいいですから」
ばちん、と。音。
傍で同僚たちが驚愕のあまり目を見開いているのがわかりました。
衝撃。
気付いたらぼくの頬は打たれて、顔が横に向いてしまっています。
なんでこうなっているんでしょう。
―――――大王様の手を視界の隅で捉える事が出来ました
大王様に、打たれた。
「この―――――大馬鹿野郎が!」
思い切り怒鳴られました。
「どんだけ心配したと思ってんだ馬鹿野郎!俺は自己犠牲とかそういうのは大っ嫌いなんだよ!自分の命を軽々しく見てんじゃねえよ!地位も才能も何も関係ねぇ!命は命なんだ!どれも同じで何よりも大事なんだよ!それを簡単に捨てたりすんじゃねぇよ……!」
大王様に打たれた頬が、妙に熱いです。痛いというかじんじんしているというか、温かかったです。薬は効いているはずなのに。
「でも、ぼくは弱いんです……こんなやり方じゃないと大王様を守ったり支えたり、できないんです」
「誰が俺様をそんなやり方で守れって言った」
「え?」
「誰が俺様をそんなやり方で支えろって言った」
「あ……」
「誰が―――――自分を犠牲にしてまで俺を守れって言ったんだよ」
大王様。
大王様は、そんなこと言ってなかった。
だっていつも―――――大王様は、ぼくらの大王様は―――――。
「俺はな、ワドルディ。自分のことは自分が一番大事にしないといけないって思うんだ。自分を大事にするからこそ、他の奴らも大事にできる。そう思うんだよ」
「自分を、一番に?」
「そうだ。自分を大事にできないやつは、誰も大事にできない。自分を捨てるなんて、虚しいだけだろ?」
「……じゃあぼく、勇者失格ですね」
物語の中の勇者は、全てを守り通すと強く固く誓っていました。はたから見れば無謀でしかないそれを、勇者は真剣な信念を持って、貫き通そうとしていました。
そんな勇者は、一度だって自分の身を犠牲になどしようとしていませんでした。
必ずここに戻ってくると、大切な国に帰還してくると―――――言っていた。
ぼくはそんなことも忘れていた。
自分を大事にしないで、一体何を守るんでしょう。
自分がいなくなって、一体何が変わるんでしょう。
ぼくは勇者じゃない。
勇者失格?いいや、そもそもぼくは勇者になんかなってないじゃないか。
今のぼくは、ただの馬鹿だ。
「ごめんなさい」
目頭が熱くなって、毛布に点々と染みが生まれました。
いつしかぼくは泣いていたのです。堪えようのない思いがいっぱいに込み上げて、嗚咽と共に涙が零れ落ちてきていました。
ああ、やっぱりぼくは泣き虫なんだって、改めて再認識しました。自分に弁解もできませんでした。どうしようもなくて、顔を覆ってしまいます。
「ごめんなさい、大王様。ぼく、自分が弱いからって言い訳して、自分なんかいなくなっても全然かまわないやつなんだって思っちゃったりして……自分は弱いから、駄目だから、自分の身に何が降りかかろうとも絶対に信念を貫こうって、馬鹿みたいな理想ばっかり信じ続けて……ごめんなさい。ごめんなさい……!」
しばしの沈黙。
涙はいつまでも止まりませんでした。
ぽろぽろぽろぽろ泣くぼくに、大王様はやがて口を開きました。
「勇者ってのは、なろうと思ってなるもんじゃないんだよ―――――本当の勇者は自分から勇者なんて名乗らない。誰かにそう呼ばれて、初めてそうなるんだよ。ん?でもそう考えたら案外勇者なんてどこにもいないのかもな」
「え?」
「最初から俺もお前も皆勇者で、だからこそお互いを助け合って生きてるだろ。皆々、何らかの形で誰かの勇者になってるんじゃねえかってことだよ。難しいことは言えねえけどな」
「……そう、なんですか?」
「わかんねぇ。わかんねぇからこそ、前を向いて生きる。悪くないんじゃないかそういうのも。失敗しても駄目だったときも、周りの勇者が手を差し伸べてくれる。そしてお前もいつか困っているやつを助ける」
大王様は快活そうに笑います。
そして、こう言うのです。
「だからお前は、俺の勇者だ。俺のヒーローだ。俺の命を守ってくれた、誇り高き勇者だ」
「……!」
もしかしたら、これがぼくの待ち望んでいた言葉だったのかもしれません。
涙が余計に溢れ出ました。
そう。ぼくはただ、守りたかっただけなんだ。お役にたちたかっただけなんだ。
大王様の為に、尽くしたかっただけなんだ。
「だけどよ、もっと自分を大事にしてやってくれよ。もっと自分を褒めてやれよ。できることなら―――――もう無茶はしないでくれよ」
「……はい……っ!」
涙声になりながらも返事をしました。
「おいおいひでぇ顔だな。包帯がぐしゃぐしゃになるぞ」
そう言って大王様がぼくに紺色の布を渡してくれました。ハンカチにしてはかなり大きい布です。これは、バンダナ?
「ま、でも泣くっていうのは悪いことじゃないぜ。俺も前に悔しくて悔しくてたまらなかったときに……おっとととと今のはなしだ!なしなし!」
恥ずかしそうに話しを中断した大王様は、とあるライバルのために一生懸命努力しているのです。
努力の成果でより強くなったり、空さえ飛べるようになったり―――――。
「大王様―――――ぼくも、空を飛べるようになりますか?」
自分でも意識せずに、そんなことを問うてしまいました。
大王様でさえあんなに苦労していた飛行の修得。ぼくになんかできるわけないって言う前から自負していましたが、大王様は意外な答えを返してくれました。
「ああ。なれるぜ。俺様が直々に教えてやるよ。カービィに目にものを見せてやれ―――――そうだな、お前がそのバンダナを付けれるくらい元気になったら、特訓しようぜ!」
大王様の眩しい笑顔。ぼくも自然に顔がほころんでしまいました。
まだちょっぴり涙は流れているけれど、もう大丈夫。
生きていれば怪我は治るから。
もう少しだけ、自分を大切にできるような気がするから―――――。
◆
絵本や冒険譚みたいな立派な勇者にはなれないだろうけど、ぼくはそれでも誰かを守れる存在になりたい。
さよなら、昔のぼく。
ばいばい、言い訳ばっかりのぼく。
はじめまして―――――〝バンダナワドルディ〟