幸せの作り方
※マホロア×ローア注意
―――――
好きな人がいました。
とてもとても大好きな人がいました。
あの人の為なら何を犠牲にしても、自分の命さえ差し出しても構わないと思っているくらい、心から愛している人がいました。
心優しくて綺麗なあの人のことを好きな人はきっと自分以外にもたくさんいるでしょう。だけど、自分がその中で誰よりもあの人を愛している。そんな自信が彼にはありました。
あの人と彼は仲良しでした。ずっと遠い昔から一緒にいたような、それくらいお互いにとっては当たり前の存在でした。
美しい彼女は雪のように白い印象があり、空がとてもよく似合いました。
綿雲がふわりふわりと旅をする青空でも、お日様を隠してしまった曇り空でも、星々が煌めいては街を創る星空でも、三日月がおじぎする月夜でも、世界が茜色の明かりに包まれる夕暮れでも、無数の飴玉を降らせる雨空でも。
あの人はどんな空にでも映えます。
今にでも空を飛んでしまいそうな身軽な体で野を踊っては、彼に笑いかけてきます。
〝一緒に踊りましょう!ほら、お星様は逃げたりなんかしないわ。お日様だってどこにもいかないわ〟
軽やかに舞うあの人に見惚れながらも、彼は困ったように返事をするのです。
〝ボクは踊るのが下手なんだって、キミも知ってるでしょ?〟
〝そんなこと関係ないわ。それに、ワタシはアナタのこと馬鹿にしたりなんかしないもの。ワタシが踊りを教えてあげる!〟
半ば強引に手を引いてくるあの人にほとほと困り果てながらも、それでも内心で嬉しく思い、彼は繋いだ手のぬくもりを感じながらドキドキするのです。
踊りも下手で魔法も下手。唯一の特技は役に立たない絡繰りをいじれること。そんな彼は周りから評価されず、いつも小馬鹿にされていました。
そのせいで彼はあまり上手く人と接することができなくなり、常に自分に引け目を感じるようになってしまっていました。
だけどあの人は彼を馬鹿にしたりなどせずに、温かく接してくれます。だから彼もあの人だけには心を開くことができました。
あの人と彼はいつも一緒でした。
このままいつまでも一緒にいられればいいと、それ以外には何もいらないと、彼は思っていました。
そして願うのです。
どうか神様。ボク達がずっとずっと仲良くいられますように。
だけどある時、あの人はこの世界のどこにもいなくなってしまいました。
不運な事故でした。
葬儀で二度と動かなくなってしまった彼女を見て、彼は茫然とする他ありませんでした。
これは何かの間違いだと。だって、自分は神様にあんなにもお願いをしたではないのかと。どうしてこんなことになってしまったのだろうかと。彼はそんなことを式中ずっと思いめぐらせていました。
彼が初めて涙したのは、あの人の墓の前で独り立ち尽くしていた時でした。
たくさんの人の涙と共に送られ、花を添えられて、ぽつりと残された墓を見て、ようやく彼はあの人が死んでしまったことを実感したのです。
あんなに優しい人だったのに、あんなに素晴らしい人だったのに―――――どうして周りと同じような寂しい墓標に名を刻んで、埋もれてしまったのだろう。
彼は泣きながら叫ぶのです。
〝なんで死んじゃったんだよ!なんでキミが死ななくちゃいけなかったんだよ!?〟
自分よりもずっと生きる価値のあった子だったのに、自分はこうしてまだ生きていて、あの子はもういない。
あの子がいなくても空はいつものように姿を変え、時も流れ、不変は無い。彼にはそれが信じがたかったのです。受け入れがたかったのです。
あの人が死に、それと同時に彼自身の時間も止まってしまったようでした。
悲しみに打ちひしがれ、涙と声が涸れるまで、嗄れるまで泣き―――――やがて彼は一つの決断をしました。
決意をしたその日からは、彼は自分の家に籠ってずっと勉強をするようになりました。
周りの人から奇異な目で見られようとも、もう構いませんでした。あの日以来彼の心は冷たく凍り付き、目的の為に全てを尽くし、自分どころか他者のことまで顧みない人格になっていました。
長い間独りで勉学に励み、研究に熱を入れ―――――やがて彼は、一つの可能性を導き出しました。
古い書物を漁り、古代の文字や図で記されたとあるモノの説明を見た瞬間に、彼は閃いたのです。
遠い宇宙のとある星に眠る王冠―――――マスタークラウンを手にしたものは、宇宙を統べることさえできる強大な力を得られる。
そんな強い力を使えば―――――自分の望みは叶う。
すぐに彼は動き出しました。あの人を失った故郷にはもう用はありませんでした。立ち去るさいに、過去の幸せな日々が脳裏によぎり、切ない気持ちにはなりました。
彼の願いは
―――――もう一度彼女に会いたい。
ただそれだけでした。
◆
そして彼は、空色の船に出会いました。
命からがら火山を越えて、マスタークラウンを求め独り険しい旅をしていた彼は、偶然にその船を見つけました。
地下深くでぽつりと眠っていたオーバーテクノロジーを詰め込んだ船を見た瞬間、彼はどうしようもなく懐かしい気持ちが湧き上がってくるのを感じました。
あの人と同じ、空が良く似合いそうな船だったのだから。
〝キミは、ボクの好きな人に似ている気がするよ〟
そう言って彼は持ち主のいない船を自分のものとし、孤独な旅路の最初で最後の仲間にしようと、決めたのでした。
〝どうしても叶えたい願いがあるんだ。手伝ってよ〟
そして彼は船に名前をつけました。
―――――ローア。
それは今も尚変わらず愛しているあの人と同じ名であり、自分の心を支える為にも―――――その名を船に与えたのです。
◆
ローアは意思を持つ船でした。
喋ることはできないけれども彼に従い、彼の為に尽くそうとしてくれました。
それが彼にはたまらなく嬉しくて、しょっちゅう彼にあの人について語ったものでした。
〝あのねローア。キミの名前はボクの大事な人の名前から取ったんだよ〟
はたから見たら独り事のようにも見えましたが、彼からしたらローアとちゃんと会話をしている最中なのです。
〝今はいないけれど、ボクの願いが叶えばここに戻ってくるんだよ。そしたらちゃんとキミにも紹介できるね。ボクの好きな人なんだ。誰よりも……〟
あの人の為にマホロアは心を入れ替え、嘘をつくことも躊躇わなくなりました。誰かを傷つけることも厭わなくなりました。
それは世間から見ても、世界全体から見ても、とてもではないけれど善人とは呼べない存在になってしまっていました。それさえ、彼は構わないのです。
何故なら―――――彼はずっと、あの人のことを愛していて、あの人のことを取り戻したいと強くの望んでいるからなのです。
彼の願いの内容を知っているのは、船のローアだけでした。
◆
彼が狂ってしまったのは、王冠を被ってしまった時でした。
今まで騙してきた者達に驚きの目を向けながら、膨大な魔力を会得した彼は高らかに笑ったのでした。
あまりにも強大過ぎた力に飲み込まれ、本当の願いさえ見失ってしまった彼は、力のままに宇宙を支配しようとしてしまいました。
彼は思うのです。戦いながら、何かがおかしいと、首をひねるのです。
〝何か大切なことを忘れてしまっているような〟
だけども一向に思い出せる気がしないので、彼は何かを忘れていたことさえも忘れることにしました。
まぁいいや。この力で目の前の鬱陶しいヤツラを全員消してしまおう。それしか思うことはありませんでした。
〝アレ?ローア。キミってそんな色をしていたっけ?〟
気付けば彼の魔力に連動して、ローアの色も禍々しいものになっていました。
空の色を失ってしまった船の色は、かつての面影を完全に残していませんでした。
彼は、思い出せませんでした。
最後の最後まで―――――自分の死の間際まで、思い出せなかったのです。
彼は散り際に思うのです。
―――――自分はバカだった、と。
そして
―――――ごめんね、と。
最後に
―――――こんなの認めたくない。
それだけでした。
◆
〝ワタシは誰?〟
異空間を飛びながら、ローアはふと思うのです。
船であるというのに、たくさんの記憶を覚えていました。
それは、とある少年と一緒に遊んだことや踊ったこと―――――幸せな日々の思い出を余すことなく全部、覚えていました。
しかしそれは自分自身の記憶とは違うもののようで、別人の意識をそのまま引き継いだような違和感さえしました。
〝アナタは誰?〟
たくさんの幸せな記憶を知っています。だけど肝心の少年の顔が全く思い出せないのです。
自分はどうしてこんな場所を飛んでいるのだろう。そもそも自分は船だっただろうか。
そして船は疑問を抱くのです。
〝この船に、誰かが乗っていたような気がする〟
その人は誰だったのでしょうか。
〝ワタシの名前は―――――〟
自分自身の存在を確かめるように、船は自分に問うのです。
〝ローア〟
誰に与えられた、名だったのでしょう。
わからないけれども、とても大切な人からつけられた名前だったような気がします。
とてもとても―――――大好きだった人がいたような気がしました。
それは間違いなく、好きな人なのでしょう。
―――――幸せの作り方なんて、存在しない―――――